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静岡地方裁判所 昭和36年(た)2号 判決

被告人 権栄基

決  定

(請求人氏名略)

右の者は自転車競技法違反被告事件につき、昭和三十二年九月十八日静岡地方裁判所において有罪の言渡を受け、右判決に対し控訴、上告の申立をしたが、いずれも棄却されて右判決は確定したところ、右権栄基より再審の請求があつたので、当裁判所は検察官及び再審請求人の意見を聴いたうえ、次の通り決定する。

主文

本件再審請求を棄却する。

理由

本件再審請求の理由の要旨は、

再審請求人は、昭和三十二年九月十八日静岡地方裁判所において自転車競技法違反事件につき、昭和三十二年四月二日頃より同年五月二日頃までの間、清水市入江鶴舞町石上貞吉方外二ヶ所に取次所を設け、業として競輪の車券購入の委託を受けたと認定され、自転車競技法第十九条第二号違反罪により懲役六月の判決を受け、これに対し控訴、上告を申立てたが、いずれも棄却されて右判決は確定したものであるところ、右判決によると、再審請求人が本件犯罪の単独正犯として関与した旨認定されているが、再審請求人は、権正旗から依頼されて、同人の罪を背負うため虚偽の自白をしたものであつて、真実は、権正旗等が、本件犯罪の発端主導者であり、再審請求人は、これに直接関与したことはなく、単に権正旗等の右違反行為を幇助したにすぎない。このことは、再審請求人が、昭和三十三年二月二十五日静岡地方検察庁に対し、右権正旗、石上貞吉両名を、本件犯罪につき告発したところ、同庁検察官が権正旗等その他関係人を取調べた際、権正旗等は、いずれも、前言を飜えして、本件犯罪の主犯は権正旗であり、再審請求人は権正旗の身替りになつた旨自白したことにより明らかである。よつて、前記確定判決の事実認定に誤認があり、しかして、援用する告発状、寺田喜一郎、寺田信子、望月寿々子、村瀬順子、小林千佐子、岡島不二子、望月澄子、文竜昊、武原健雄、権正旗、石上貞吉等の証拠方法は、いずれも、再審請求人に対し無罪を言渡し又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠を、あらたに発見したときに該当するから、刑事訴訟法第四百三十五条第六号により、再審請求をするというのである。

よつて案ずるに、本件再審請求人が、昭和三十二年九月十八日静岡地方裁判所において、所論自転車競技法違反罪により懲役六月の判決を言渡され、これに対し控訴を申立てたところ、同年十二月二十八日東京高等裁判所において、控訴棄却の判決を言渡され、更に、上告の結果、昭和三十六年六月四日上告棄却の決定があつて、右判決は確定したこと及び右確定判決は、寺田信子、望月寿々子、小林千佐子、岡島不二子、望月澄子、権正旗、石上貞吉等の各供述を犯罪事実を認定する証拠に採用していることは、いずれも、前記自転車競技法違反事件記録に徴して明らかである。しかして、本件再審記録、当裁判所の事実取調べの結果、権正旗、石上貞吉等に対する告発事件の不起訴記録等によると、権正旗、岡島不二子、望月澄子等が、右確定判決後に前記告発事件の取調べを受けた際、前の供述が虚偽である旨を検察官に対し告白し、前言を飜えしていることも認められる。ところで、再審請求人は、前記の通り、告発状、寺田喜一郎、寺田信子、望月寿々子、村瀬順子、小林千佐子、岡島不二子、望月澄子、文竜昊、武原健雄、権正旗、石上貞吉等を証拠方法として援用するのであるが、刑事訴訟法第四百三十五条第六号所定の証拠は、明らかな証拠ということと、あらたに発見した証拠ということの二つの条件を要求している。そこで、先づ、前記の証拠方法が、それぞれ、本件再審請求の条件を具備しているかどうかにつき順次判断する。

1  告発状につき。

該書面は再審請求人が作成したものであり、その内容は、再審請求人は所論自転車競技法違反事件に関与せず、権正旗、石上貞吉が共謀で同違反罪を敢行したものである旨の文書であるところ、該告発状によつて、再審請求人が静岡地方検察庁に対し権正旗等を右書面記載の事由により告発したことは認めることができるが、刑事訴訟法第四百三十五条第六号所定の証拠は、確定判決の基礎となつた事実を覆すに足る明確な証拠でなければならないから、かかる証拠であるためには、公正証書もしくはこれと同視し得る程度の効力のあるものでなければならないと解すべきであり、したがつて、再審請求人が一個人の資格において作成したにすぎない右告発状は、それが、前記犯罪に対する捜査権の発動に関連を有つものであるとしても、同号所定の明らかな証拠に当らない。

2  寺田信子、望月寿々子、小林千佐子、石上貞吉、村瀬順子につき。

同人等は、前記自転車競技法違反事件に関し、いずれも、第一審裁判所の法廷において、あるいは、検察庁、警察において供述をなし、しかして、これらの供述が、前記確定判決の事実認定の証拠に採用されているのであるが、右寺田信子、望月寿々子、石上貞吉等が、第一審判決以前になした上記供述の内容と、同人等が確定判決以後、前記告発事件につき、検察官に対して供述したその内容とを比較検討するに、尋問者に相異のあるためから、あるいは、時間的又は場所的ずれのあるためから、いずれも、前後二個の供述の内容に、多少の相異はあるが、供述の要旨においては、全般的に符合し、著しい差異のないことが認められる。しかも、前記寺田信子等五名から、このうえ、更に、再審請求人が予期する、右確定判決の事実認定を左右するに足る有利な証拠資料を得られる確かな予見もないし、また、これらの証拠資料自体は、いずれも、独立証拠ではないから、評価の仕方の如何によつては、再審請求人にとつて、却つて不利な証拠となり得る場合もあるから、かかる関係又は性格である前記証拠方法は、いずれも、前号所定の証拠に当らない。

3  寺田喜一郎、文竜昊、武原健雄につき。

再審請求人は、本件再審請求において、これら証拠方法を援用するのであるが、右文竜昊、武原健雄等については、前記不起訴事件記録の告発状中に、証拠方法として挙上されているにすぎないのであつて、右寺田喜一郎等が本件犯罪に関し、前記確定判決の前後を通じて、訴訟の内又は外において、如何なる供述、役割をなし、また、これからなすかは、本件再審に関する前記不起訴事件記録等の諸記録を精査しても、全く不明である。そうであれば、再審請求人が、これらの証拠方法から、向後、自己に有利な資料を予期し得るかどうか明らかでなく、また、これが疑わしいのであるところ、再審制度は刑事司法における具体的正義を守るため、確定判決の事実認定に、甚しい誤認のあることが、著しい確からしさをもつて推測されるような特別の場合に、国家意思として成立した確定判決を破壊し、法的安全性を犠牲にするものであり、かかる関係にある刑事訴訟法第四百三十五条六号所定の証拠の明確ということは、当該証拠が、確定判決を覆すに足る重大な事実に関連をもち、かつ、証拠価値のあることが、証拠自体からも、相当の確実さをもつて認識し予見されるものでなければならないのであつて、単にかかる可能性が見込まれるというに止まる程度のものであるときは、これを明確とは認められない」から、前記証拠方法は、いずれも、同号所定の明確という条件を具備しない。

4  権正旗、岡島不二子、望月澄子につき。

(一)  検察官は、再審請求人は前記自転車競技法違反事件の第一審判決以前に、これらの証拠方法の存在、証拠資料の内容を知りながら、しかも、ことさらこれを秘匿して提出しなかつたのであるから、あらたに発見した証拠に当らないと主張するが、刑事訴訟法第四百三十五条第六号は、あらたな証拠の性質、種類については、何等の制限を設けていないのであるから、あらたに発見した証拠である以上は、その存在が第一審判決以前から継続するものであると、あるいは、第一審判決以後に、あらたに発見又は発生したものであるとを問わないと解すべきである。したがつて、第一審判決以後において、同一供述人が訴訟の内又は外において、前の供述を飜えした供述をすれば、それは同号所定の証拠を、あらたに発見したときに当るものと認めることができる。仮に一歩を譲つて、証拠方法としては、再審請求人が第一審判決以前、既に、その存在を知つていたから、あらたに発見した証拠とは認められないにしても、第一審判決以前において、再審請求人が証人尋問をしても、当該証人から予期する有利な資料を得られない特別の事情があつたが、判決の確定後、事情の変化により、有利な証拠資料を得られることが明らかになつたときは、証人から得られる証拠資料の内容が、あらたであるから、証拠をあらたに発見したときに当ると解するのが相当である。これを本件再審請求につき見ると、権正旗は、再審請求人に自己の本件犯罪の身替りを依頼した張本人であり、また、岡島不二子、望月澄子両名は、右権正旗に雇われて本件犯罪に関与したもので、同人とは主従の関係にあり、しかして、同人から再審請求人が犯人であると取調官に対し供述するように命令されて、警察以来、第一審判決まで、終始、再審請求人が犯人であることを供述してきた関係もあり、したがつて、第一審判決以前においては、右権正旗、岡島不二子、望月澄子等から、にわかに、前言を飜えして、権正旗が真犯人であるとの明確な供述を期待し得ない事情にあつたのであるが、しかし、その後、右判決は確定し、また、再審請求人が権正旗、石上貞吉等を静岡地方検察庁に告発するところとなり、同人等及び関係人が、検察官から取調べを受けるに及んで、ここに権正旗自らも、関係人等と共に前言を飜えす供述をなすに至つたような事情の変化のもとにおける、前記権正旗、岡島不二子、望月澄子等の検察官に対する第一審判決以前の供述を飜えした新供述は、前記いずれの要件からするも同号所定の、あらたに発見した証拠といい得るのである。

(二)  検察官は、次に、本件再審請求人の如く、権正旗の罪であることを知りながら、同人の刑責を自己において背負うため、自己の無罪を立証する証拠方法を故意に提出しなかつた場合にには、証拠をあらたに発見したときに当らないと主張するところ、再審請求人は第一審裁判所の第三回公判まで、権正旗等の依頼もあり、自己の金銭的利欲も手伝つて、権正旗の罪の身替りを引受け、その罪責を背負つていたが、第四回公判に至り、漸く、前言を飜えし、自己の無実を主張すると共に、前記権正旗、岡島不二子、望月澄子等の証人尋問をしたが、同人等から予期する有利な供述を得られず、結局、前記の通り、有罪の判決を受けたものである。なるほど、再審請求人は、警察以来第一審公判の当初まで、著しい身勝手の意図、行動のあつたことは明らかであるが、刑事訴訟法の理念、目的は、実体的真実の発見、適正な刑罰権の実現にあることに鑑みると、仮に再審請求人が汚れた手をもち、また、自身の責に帰すべき事由によつて不利な結果をまねいたものであつても、このことの故をもつて、罪のないものを罰する誤りを看過して是正し得ないとすることは、著しく正義に反すると考えるから、前記権正旗、岡島不二子、望月澄子等の検察官に対する新供述は、前同様、前号所定の証拠としての要件を欠くものではない。

5  検察官は、再審請求人の援用する証拠方法は、明らかな証拠に当らないと主張するところ、この点につき、必要と思われる、権正旗、岡島不二子、望月澄子等の検察官に対する前記新供述についてのみ見るに、刑事訴訟法第四百三十五条第六号所定の明らかな証拠といい得るためには、証拠が証拠能力をもつと共に、そのうえ、証拠価値のあることを要するのであるから、あらたに発見された証拠が、証拠能力があるからといつて、直ちに、明らかな証拠となるものではなく、証拠の証明力に関する経験法則、論理法則、科学法則にしたがつて、証拠価値の存在することを必要とするが、本件再審請求のように、同一供述人が、確定判決以後、検察官に対し前の供述を飜えした場合は、外形的には差異がないから、証拠価値の評価につき、にわかに、その優劣を比較し判定することは困難である。しかし、明らかな証拠であるかどうかは、結局、最高裁判所の昭和二十九年十月十九日の判例の言うように、事案によつて異るものであり、一般的法則によつて規律することはできないから、本件再審請求においても、権正旗、岡島不二子、望月澄子等の新供述が、旧供述と比較して優勢かどうかにつき、前記諸法則にしたがい、これが評価をなし、また、判決の確定後において、犯罪事実の認定上、重要な点につき、異なる供述のなされるに至つた条件や経緯を、本件事案にそくして精査したうえで、証拠が明確であるかどうかの判定をすべきである。そこで、これを本件再審に関する前記自転車競技法違反事件等の諸記録から判断すると、本件事案は、権正旗が取次所を設け、岡島不二子、望月澄子等の事務員を使用し、車券の販売、配当金の分配等の業務をさせていたものであり、再審請求人は、事情を知り乍ら権正旗に競輪新聞の販売、レース結果の通報をしていたものであるが、権正旗等から、本件犯罪は罰金で済むから罪を背負つてくれ、権正旗が罪になると、同人の経営する特殊飲食店の経営に差支えを生ずる、もし承諾してくれれば二十万円を出すといわれてこれを承諾した。その後権正旗は約束の金の中、十万円を再審請求人に渡したが、残金十万円は言を左右にして支払わなかつた。再審請求人は予期に反して一ヶ月近くも勾留されたため、また、権正旗に対する不信を生じたことも手伝い、権正旗の罪責を背負い切れなくなり第一審裁判所の第四回公判に至り、警察以来の自白を飜えし、権正旗が真犯人で自分は関係ないと供述を変えて公訴事実を争つたが、同裁判所は、これを認めず、再審請求人に対し懲役六月の実刑を言渡した。再審請求人はこれを不服として上訴し、更に上訴審において、岡島不二子の作成する権正旗が本件犯罪の真犯人である旨を告白した事実陳述書を提出し、これを裏付ける証人成一燮の供述を援用したのであるが、前記の通り控訴、上告は、いずれも棄却されて右判決は確定した。そこで再審請求人は、権正旗等を相手取り、静岡地方検察庁に告発したところ、検察官から、右権正旗、岡島不二子、望月澄子その他関係人が多数取調べを受けるに至り、権正旗を初め関係人は、第一審判決までの供述を飜えして、権正旗が本件犯罪の真実の主犯である旨の告白をした。以上が本件事案の概要であり、しかして、かかる経緯、関係から、本件犯罪の関係人等、特に権正旗自ら、前言は虚偽であるとして供述を飜えしたことを理由とする本件再審請求においては、権正旗等の検察官に対する新供述が客観的、絶対的に、真実に合致するものだとは断定できないにしても、前記確定判決における事実認定の正当性につき、疑いをはさむ可成りの余地のあるものであるから、疑わしきは被告人の利益にという刑事訴訟法上の原則により、前記権正旗等の証拠方法は、いずれも、同号所定の明らかな証拠であると解するのが相当である。

6  次に、進んで、本件再審請求の、再審請求人に対し無罪を言渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべきときに該当するという理由を考える。先づ前段の理由につき判断するに、再審請求人が援用する証拠方法中、権正旗、岡島不二子、望月澄子等は、確定判決後、前述のように検察官に対して、前の供述を飜えし、権正旗が本件自転車競技法違反罪の主謀者である旨を告白したのであるが、これらの新供述の趣旨とするところは、要するに、再審請求人は正犯ではなく、権正旗の犯行を幇助したにすぎないのであるから従犯に該当するというにある。(再審請求人は本件の控訴、上告審において自分は従犯である旨を極力主張した。また、本件再審に関する諸記録によるとこれに副う証拠が他にもある。)しかして、前記権正旗等の新供述は、前述のように、それぞれ、明確な証拠であり、また、新に発見した証拠であるが、これらの証拠をもつては、再審請求人が、本件犯罪の如何なる役割においても、全く関与していないということを証明することはできないのであつて、その他にも再審の要件に適確な証拠はないから、この点に関する再審請求は理由がない。

そこで、前記後段の理由につき判断するに、再審請求の理由は、再審請求人は、前述のように従犯であるにかかわらず、確定判決は事実の認定を誤り、正犯であるとしているから、これは原判決の認めた罪より軽い罪を認めるべきときに当ると主張するのであるが、再審請求人の本件犯罪における役割が、前記権正旗等の新供述に照して従犯であり、したがつて、確定判決に、この点に関する事実誤認があるにしても、およそ、刑事訴訟法第四百三十五条第六号に列挙する再審請求の各理由は、いずれも、有罪の確定判決における事実の認定に誤認のあることが、確実に推測される場合であり、しかして、ここに事実とは犯罪構成事実、法律上犯罪の成立を阻却する事実、刑の必要的免除に該当する事実、処罰条件に関する事実等に限定されているから、刑の法律上の減軽にあたる事実は含まれていないのである。そうであれば、前号所定の原判決において認めた罪より軽い罪とは、第一審裁判所が判決において認定した前記自転車競技法第十九条第二号違反の罪よりも法定刑の軽い右罪以外の他の罪をいうのであるから、犯罪類型の同じ右罪の中で、刑の減軽をなすべき事由は、それが必要的であると、あるいは、任意的であるとを問わず、同号所定の軽い罪に該当しない。

しかして、所論の従犯は同一犯罪類型の修正形式であつて、単に正犯の刑に照して減軽されるにすぎない場合であるから、再審請求人が権正旗の前記犯罪の従犯であるとしてなす本件再審請求は、請求自体理由がないものといわなければならない。

よつて、本件再審請求は、結局、再審請求の理由がないことに帰するから、刑事訴訟法第四百四十七条に基き主文の通り決定する。

(裁判官 相原宏)

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